1999年に出版された写真集「フルムーン」は写真家マイケル・ライトによって編集されたアポロ計画の宇宙飛行士たちによって撮影された月への旅の風景写真である。


僕はこの写真集を見たときにとても衝撃を受けたものだ。なぜなら、月面の写真はカラーフィルムで撮影されたものでもモノクロフィルムで撮影されたものでも同じグレー1色のモノトーンの世界だったからだ。
唯一カラーで写っているものは地球から持ちこまれたものだけである。


僕は月で生まれ育った人間がいたとして、その人がアポロ計画の逆の経路で地球に降り立ったらどんな感覚を持つのだろうか、ということを想像してみた。


まず地上に一歩足を踏み出したときの地面の色の豊富さ。


月の上では大地は全くの無色とも言えるグレーでしかなかったが、地球上では、白や薄茶の砂浜、草におおわれた緑、時には花々が色とりどりにおおいしげって色が洪水のようにあふれている。


そして空気の存在。風の存在。


それが、海や大地の表面を次々と様々な表情に変えていく。ツバルの海の表面に神様がそっと息を吹きかけると、その表面はさまざまな形に瞬間的に刻まれていく。一瞬一瞬、宝石のように輝いては、すぐに別の形に変化していく。この宝石はどんな巨万の富をもってしても決して所有できないはかないものだ。
一方、空気の存在しない月面ではオルドリン飛行士が撮影した細かい砂の上についた自分の宇宙服の足跡が100万年以上ものあいだ凍りついたようにそのままになっている。


頭を持ち上げれば、月ではあり得なかった素晴らしいブルーの空がひろがっている。そして真っ白い雲がまるでダンスを踊っているように刻々とかたちを変えてうつろってゆく。

月からきた人はなによりもこの月ではあり得ない柔らかい太陽の光線に浮かび上がる空と大地をあかずにながめて何度もため息をつくのだろう。


地球上で同じ風景を二度と見ることはできない。一期一会のランドスケープ。


うつろい、はかなさ、とめようのない現象が次々とおこり変化していくことこそがこの地球の美の本質である。


やがて死に、消えゆくことこそ地球に生きていることのハッピネスである。


天の気と地の気がみごとに融合して至福の瞬間をかいま見せてくれるツバルの海や砂浜でカメラのシャッターを切ることもまた輝けるハッピネスのかけらを採集することに他ならない。


(ツバルは地球温暖化の影響による海面上昇で世界で一番最初に沈んでしまうかもしれない国として注目されていますが、その希有の美しさから訪れる人たちにパラダイスとも呼ばれています。)